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2016.08.05 更新

着任ごあいさつ

8月1日付けで事務局長候補としてエファジャパンに採用となりました小宮と申します。立派な事務局長となれるよう、大島前事務局長の下で修行中です。研修終了後に正式に事務局長に就任する予定ですが、しばらくの間、関係各位にはご迷惑をおかけすることと思います。広いお心で見守っていただければ幸いです。

前職は法務省で保護観察官をしておりました。非行や犯罪に陥った少年や成人の社会復帰を支援する仕事です。東京、大阪、沖縄での勤務経験があり、各自治体の福祉部門の方々にはとても助けていただきました。

私は大学4年時に中国で国際交流の体験をしたことからアジアに目覚め、以後、時間とお金を工面しては、バックパッカーとしてアジア各国を旅し、国内ではバングラデシュの孤児院を支援するNGOに参加して楽しく活動をしていました。

そのうちどうしてもアジアで暮らしたくなり、万策を尽くして、20代末の2年間、法務省からタイの大学院に留学させてもらいました。ソーシャルワークを勉強し、タイのいくつかのNGOでボランティアをして、スラムで暮らし薬物に手を染める少年たちや、人身売買の被害に遭った少女たち、そして彼らに寄り添い社会の不正義と人生を賭して闘う、素晴らしいタイの社会事業家の人々と出会いました。

当時、日本の法務省はタイで少年院(職業訓練校)を建設するJICAプロジェクトを実施していましたが、旧来の少年院の環境は劣悪なままでした。私は自分でNGOを設立し、留学生仲間と共に少年院の環境改善のための活動を行ないました。留学終了後は私自身もJICA専門家として半年ほどタイの刑務所改善の仕事をしました。

任期を終え帰国すると、法務省に国際協力部が新設され、主にベトナム、ラオス、カンボジアで立法や司法に携わる人々の育成支援が精力的に行なわれるようになりました。私は同部にリクルートされ、翌年から3年間、JICA専門家としてラオスの法務省、最高裁判所、最高検察庁での人材育成プロジェクトを指揮し、充実した時間を過ごしました。

しかし、私の゛アジア・バブル”はついに終焉を迎え、ラオス後の10年間、私は保護観察官として日夜ひたすらに働き、アジアとの縁は失われていきました。このまま保護観察官の仕事を続けるのか、あるいは法務省を飛び出して国際協力の世界に戻るのか、少しだけ悩んで後者の道を選び、縁あってエファジャパンの一員となりました。

エファジャパンの活動を通じて、再びアジアの子供たちの笑顔に出会えることは、私にとって何にも勝る喜びです。インドシナの地に一つでも多くの笑顔を花開かせることができるよう、私自身も常に笑顔で活動したいと思います。今後ともエファジャパンへの変わらぬご支援をよろしくお願い申し上げます。